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DANCE 360 ー 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング

今後の舞踊振興に向けた手掛かりを探るため、総勢30名・団体にわたる舞踊分野の多様な関係者や、幅広い社会層の有識者へのヒアリングを実施しました。舞踊芸術をめぐる様々な意見を共有します。

2018/07/12

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(9)舞踊評論家 山野博大氏

2016年12月から2017年2月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の多様な関係者や幅広い社会層の有識者へのヒアリングをインタビュー形式で掲載します。

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(9)
舞踊評論家 山野博大氏
インタビュアー:アーツカウンシル東京、平岡久美(Dance indeed! プロデューサー)

(2016年12月21日)


──過去の舞踊作品に今の時代にもう一度取り組むことについてどう考えていますか。

山野:過去の作品を再現しようとしても、ダンサーの質が違うのでどうしても違うものになってしまう。しかし過去にこういう成果があったということを教える意味では、とても大事なことです。例えば『プロメテの火』 ※1 の再演というのは、1950年代にあれだけ大がかりな現代舞踊を日本で上演していたということを現代の人が知ることはとても大事なことです。全体のスケール感みたいなものというのは一応残っているので…。

※1:1950年、帝国劇場にて上演された江口隆哉氏、宮操子氏の構成・振付の舞踊作品。一般社団法人現代舞踊協会の「江口・宮アーカイブ」のプロジェクトの一環で復元され、2016年5月に新国立劇場で再演された。再演では江口隆哉氏が演じた主演のプロメテ役に首藤康之氏、宮操子氏が演じたアイオ役に中村恩恵氏がキャスティングされた。

バレエ団と劇場がもうちょっと結びつくような、システムを変えるような動きが出てきてほしい。そうしないと、外国のバレエ団に追いつかない。

──日本の舞踊界を長く見続けていて、そのあり方についてどのように感じていますか。

山野:大体、日本の舞踊界というのは、日本舞踊の形式、先生がお弟子さんを教える形で成り立っているわけです。外国の場合は劇場に舞踊団が付属していて、先生も劇場に雇われている。日本は、先生が自分の家にスタジオを持っているわけで、その違いは大きいです。日本の舞踊は、バレエといえども日本舞踊方式で、最近ようやく劇場付きでりゅーとぴあ ※2 のNoismみたいなのができてきたけれど、なかなか次に続きませんね。
……だから、バレエ団と劇場がもうちょっと結びつくような、システムを変えるような動きが出てきてほしい。そうしないと、外国のバレエ団に追いつかない。1回ごとに全部劇場を借りて、外から全部運び込んでやるようでは、日常的に劇場の中で練習している海外のバレエ団には敵いません。
新国立劇場のバレエ団のコールドバレエはものすごくよく揃うんです。なぜかというと、劇場の舞台で練習するから、自分の立ち位置を決めるときに、この角度にあの柱が見えるとか自分の位置関係が完璧にわかっている。だから、ちょっと他でズレがあっても、スッといけるわけ。それは劇場でやっていなければ、できないですね。
……今の個人バレエ団を何とか統合して、例えば東京都のバレエ団をつくらないと、今、非常に日本のバレエの水準は上がってきているけれども、これ以上はいかない。それと、作品を残しておくには、劇場がないとだめなんです。劇場の中へ残るんですからね、作品というのは。
……バレエ協会の公演がありますが、臨時の編成ですからだめなんですね。バレエ協会公演というのは、全然、あとに残らないんです。全部集まっても、もとへ戻ってしまう。それが引き継がれていくということもない。
……現代舞踊で言えば、現代舞踊協会の影響力は低下傾向です。地域の舞踊団の集まりというのは、例えば埼玉県舞踊協会、神奈川芸術舞踊協会とか、結局、地域で集まっているところの発言力が大きい。1900年代の後半に比べて、現代舞踊系の舞踊団公演というのは、ほとんどなくなった。現代舞踊界で、個別の団体が公演できるというのは数えるほどで、そのくらい地盤沈下が激しい。バレエ団公演はあれだけ行われますけれども、バレエ団公演も、2000年の初めごろは、大きいバレエ団が(1つの作品を)5公演、6公演やっていたんですよね。今、せいぜい3公演です。
……だから日本で、(民間の)舞踊団は合併ということを考えてもらいたいし、劇場は、どこかの舞踊団を選ぶという冒険をしてもらいたい。つまり専属舞踊団としてね。例えば江東区がティアラこうとうという劇場を持っていまして、東京シティバレエ団と提携している。それで江東区の人は、東京シティバレエ団は、自分の区のバレエ団だと思っているわけ。そういう感じがあちこちに欲しい。
……とにかく舞踊というのは、土地と結びついているんですよね。だから、その地域にある人達がやるという、いわゆるお祭りみたいなものですね。お祭りの中で踊りというのは踊られていたんだし、郷土芸能というのは、みんなそうでしょう。だから、地域と結びつかない舞踊というのは、今の時代はどうかわからないけれども、昔は考えられないんです。地域でまとまったほうが強いというのは、自然のなりゆきでね。

※2:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館:1998年、文化と建築と環境の調和をはかり、音楽・舞台芸術の中心・発信地となるべく誕生。同劇場が舞踊部門芸術監督に金森穣氏を迎えたことにより設立した劇場専属のダンスカンパニー「Noism」はコンテンポラリーダンスの世界では国内で唯一の公立劇場専属のダンスカンパニーとなる。(参照:https://www.ryutopia.or.jp/

動きは海外から来たものを取り入れているから、それっぽく見えるけれども、根のところは日本舞踊。私に言わせると、これは日本独自のコンテンポラリーダンスです。世界にない、要するにガラパゴス系現代舞踊と言っても良くて、絶滅危惧種だから大事にしたほうがいい。

──日本の現代舞踊の遍歴や、その特徴はどのようなものでしょうか。

山野:今考えてみると、石井漠というのは、自分の知っている洋舞の動きというのは、(G・V・)ローシーから教わったバレエのほんの少しだけなんですよ。あとは何も知らないわけ。今と違って外国の映像が入ってくるということは、全く無い時代。だから、山田耕筰から口でもって向こうの現代舞踊はこうでこうでと聞いた情報ぐらいが、せいぜいなんです。彼はそれで何かつくろうとしたときに、どうしますか。どこから持ってくるか。日本舞踊なんです。石井漠のいろんな作品を見ていると、日本舞踊みたいなのがいっぱいある。というのは、情報源としてはそれしかないから。だから、日本の現代舞踊というのは、日本舞踊にすごく近いんですよね。
……外国の舞踊団の作品は、人と人の関係が主力のテーマですが、日本は、風が吹いたとか雪が降っているとかで作品ができてしまう。発想的には日本舞踊。動きは海外から来たものを取り入れているから、それっぽく見えるけれども、根のところは日本舞踊。私に言わせると、これは日本独自のコンテンポラリーダンスです。世界にない、要するにガラパゴス系現代舞踊と言っても良くて、絶滅危惧種だから大事にしたほうがいい。日本の現代舞踊の外国にない特色は、年寄りが出ても全然平気ということで、高齢化社会、それからエコロジカル重視とかいう、今の時代に合っている。だから、向こうのコンテンポラリーとか、ストリートダンスみたいに、ただ動いてやるようなものよりも、こっちを大事にしたほうがいいんじゃないかなと思っています。
ただ、やっている本人が、それを意識していない。なるべく何か外国からいいものが入ってこないかななんて、材料を探している。それでやるものを見ていると『花鳥風月』なんです。だから、日本人の心の中に流れているものと、それから実際の動きとが、うまく繋がっているところと、繋がらないところがあるのではないかと私は思います。
劇場も海外と違う部分がある。日本の劇場は横長なんですよ。タッパが低くて。それは絵巻物を見ている感じなの。道行というのは完全にそれです。

──日本の洋舞および現代舞踊の分岐点として80年代にポストモダン・ダンスという外国の文脈が入ってきて、そのあたりでコンテンポラリーと言われるものが出てきた頃から、現代舞踊が現在のような位置づけになってきているのかと思いますが。

山野:例えば現代舞踊と舞踏は違うものではなく、同じだと私は思っています。日本には、昔からの現代舞踊があり、舞踏があり、それから黒沢美香以降のポスト・モダンがありというように、いろんなものが並んでいる。

ひとつのところにいろいろな情報が載っているものが欲しい。主要なものは絶対に載っているということも、必要なのね。というのは、それが歴史をつくりますからね。

──昔と今とを比べたときに、舞踊芸術の批評の場はどのように変化してきていますか。

山野:もう紙媒体がほとんどなくなり、紙に書ける批評家がほとんどいなくなった。すると、ネット上で書くとなると、誰でも書けるんですよね。だから、批評家と、そうじゃない人との差がなくなってきた。
……批評のひとつの大事な意味は、舞台上で何をやっていたかを50年後に伝えるという、歴史的なところにある。映像にしろ、写真にしろ、その舞台の真実をそのまま伝えるものではないわけです。ところが、文章というのは、ある意味で真実。そこで、その50年後に伝えられるような文章を書くことが、批評家に求められている。これがよかった、悪かったというのが批評と思っている人が多いけれども、舞台で何をやっていたかというのを書くことを、批評家は求められている。
……これから先の批評はやっぱりもうウェブ上でやるしかないでしょう。だから、そこでちゃんとした原稿料を払えるようなものにしていくということが必要。文章というのは、やっぱり原稿料をもらわないとだめなんですよ。公演の情報も、批評も、そこを見たら大抵は載っているというようなものがあれば、スポンサーもつくのではないかと思うんですけれどもね。
……ひとつのところにいろいろな情報が載っているものが欲しい。主要なものは絶対に載っているということも、必要なのね。というのは、それが歴史をつくりますからね。あとに残るというのは、舞踊の場合、文字だけなんですよ。
……昔はコンピュータのメモリというのに制限がありましたけれども、今はもうありませんから、データはできるだけ詳しく何でも全部入れてしまうということで、取っておいてもらいたいんです。

コンテンポラリーの人たちも、日本の文化というものについていろんな知識を持ってやるようにしてもらいたい。海外へ行って、習ってきたものをそのままやってもらいたくない。

──国内の舞踊で、コンテンポラリーと言われているような領域のことをどのように見ていますか

山野:コンテンポラリーの人たちも、日本の文化というものについていろんな知識を持ってやるようにしてもらいたい。海外へ行って、習ってきたものをそのままやってもらいたくない。海外でものを見て、自分の持っている知識やいろんなものと結びつけて、自分なりのものをつくり出さなければ、本当に自分のものにならないわけね。
その中で、日本人なんだから、日本文化というものが一番身近にあるんだし、そういうものがもう身にしみついているんだから、それとの接点というのを探り出すというようなことを、もっとまじめにやらなければいけないんじゃないかと思う。
……日本の舞踊というのは、本当は言葉と結びついている芸術なんです。外国でも、古い郷土芸能に類する舞踊というのは、歌があるんですよ。歌に合わせて踊ったり、それに打楽器なんかが入っている。そこから言葉をなくしたのがバレエで、20世紀には言葉のない舞踊が主流になった。
……でも最近の現代舞踊、特にコンテンポラリーがそうだけれども、言葉をいっぱい使うようになった。特にNoismは、平田オリザさんと組んだりとかとやっていて、舞踊が言葉を復活させてきているんです。それは新しい動きなんですよ、日本としては。世界的にもそうですね。バレエという言葉を全く排除したものに対する反省みたいなものが出てきている。言葉の意味するところというのは、やっぱり無視できない。

お稽古場を確保するのが大変。彼らは昼間働いていて夜になると集まってきて、作品をつくったり稽古をするでしょう。

──今、どのようなアーティスト支援が必要でしょうか。

山野:特にコンテンポラリー系だけれども、お稽古場を確保するのが大変。彼らは昼間働いていて夜になると集まってきて、作品をつくったり稽古をするでしょう。ところが、夜じゅう貸してくれるところなんかない。だから、そういうところをつくってあげたい。

──観客の創造について

山野:舞踊も、知識を持っているとおもしろいんですよ。全編を通して何も知らないで見に行って、面白いというものじゃないです。知っているから、面白い。だから、その事前の知識を与えなくてはならない。昔のパリ・オペラ座では、新作は全部事前に台本を発行していて、お客はそれを読んでから来た。だって、バレエの場合、『白鳥の湖』を見て、真ん中で踊っている人がオデットだということも、プログラムを見るからわかるんです。何か文字で見るということが、情報として、やっぱり要るんですよね。何もなくてパッと見ておもしろいなんていうのは、ないんですよ。

大学の舞踊(教育)というのは僕は悪くはないと思うんですけれども、外国の舞踊の歴史だけでなく、日本の舞踊の歴史を丁寧に教えてもらいたいんです。

──現在の舞踊界の課題とは。

山野:創作が少ないですね。特にバレエ。現代舞踊なんかは、全部創作みたいなものだからそんなことを言っていられないけれども、バレエの創作が、もう本当に出ない。出ても再演されない。作品というのは、特にバレエ作品は、再演されなければ意味がないんです。だから、再演のシステムを、その舞踊団自身が持っていなくてはいけない。今の時代、創作が出ないと次の時代がないわけです。
……特に新国立劇場バレエ団なんかは、自分のところのダンサーにつくらせるよりは、日本中のものを見て、よさそうなものがあったら、それを再演するというような、そういうシステムをつくってもらいたい。
……日本ではずっと舞踊ばかりやっていられる学校などはないので、大学の舞踊科でもなんとなく入ってくる学生もいる。でもそういう中から、いいお客さんが出てくるとか、スタッフになる人もいる。そういうことも必要なので、大学の舞踊(教育)というのは僕は悪くはないと思うんですけれども、外国の舞踊の歴史だけでなく、日本の舞踊の歴史を丁寧に教えてもらいたいんです。

芸術に対しての公平というのはないということです。公平に出そうとすると、批判もされないけれども面白くない。つまり、ひとつの考え方というのを出していく。

──舞踊の活性化のために、どのような取組みが必要でしょうか。

山野:同じ時期に、いろんなバレエ団が、いろんなところで同時に公演をやってくれる。例えばフェスティバルみたいなね。その中に現代舞踊もコンテンポラリーも入っていて、切符を共通券で行くと安くなるとか、その時期は舞踊ばかりというような時間が欲しい。
……こういうお金(公的助成など)を出す側には、芸術に対しての公平というのはないということです。公平に出そうとすると、批判もされないけれども面白くない。つまり、ひとつの考え方というのを出していく。今だったら、例えば80年代のコンテンポラリーのポスト・モダンの境目になったところのものを何か再現してみようではないかとかいうプランを出すとするでしょう。舞踊団の側から、そんなことは上がってこないですよね。そうしたら、こちら側から注文していくわけ。そういうふうに、世の中を公平に見ていろいろやるのではなくて、そこをバッと集中的に拾い上げるというようなことをやらないと、企画というのは成り立たないのではないですか。


山野博大

舞踊評論
1936年、東京に生まれる。1950年頃より舞踊を見るようになり、1956年より舞踊評論、作品解説、舞踊の歴史などを専門紙誌等に書き、現在に至る。文化庁、日本芸術文化振興会等の舞踊関係委員を歴任。各地開催の舞踊コンクールの審査、各種舞踊賞の選考にあたる。新国立劇場より刊行された『舞踊年表』の編纂に関わる。2006年、文化庁長官表彰を受ける。2009年、編著『踊るひとにきく』刊行。


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