ライブラリー

アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

「芸術文化による社会支援助成」活動報告会

アーツカウンシル東京では、平成27(2015)年度より、さまざまな社会環境にある人がともに参加し、個性を尊重し合いながら創造性を発揮することのできる芸術活動や、芸術文化の特性やアーティストが持つ力を活かして、さまざまな社会課題に取り組む活動を助成するプログラム「芸術文化による社会支援助成」を実施しています。
ここでは、助成対象活動を終了した団体による活動報告会をレポートします。

2024/01/24

第4回「環境整備とクリエイション〜バリアフリー鑑賞の推進からその先へ」(後編)ものがたりグループ☆ポランの会

2023年7月14日、「芸術文化による社会支援助成」の意義や効果をあらためて検証し、その成果や今後の課題などを広く共有する場として、第4回となる活動報告会が開催されました。前編では、東京都北区東田端で、障害などにかかわらず誰もが映画を楽しめるユニバーサル上映を行う映画館「シネマ・チュプキ・タバタ」を運営する合同会社Chupkiの活動を紹介。後編では、宮澤賢治作品の朗読劇の上映を軸としながら、視覚障害者のための音声ガイドの普及、視覚障害や聴覚障害などさまざまな個性を持つアーティストとの表現活動に取り組む「ものがたりグループ☆ポランの会」の報告をお伝えします。その後、参加者を交えたラウンドテーブルの様子もお届けします。

第4回「環境整備とクリエイション~バリアフリー鑑賞の推進からその先へ」(前編)はこちら


開催時期:2023年7月14日(金)18:30~21:00
開催場所:アーツカウンシル東京 5階会議室
報告団体・登壇者:合同会社Chupki 平塚千穂子
ものがたりグループ☆ポランの会 彩木香里、石神哲朗
ファシリテーター:小川智紀
グラフィックファシリテーター:関美穂子
手話通訳:加藤裕子、瀬戸口裕子
※事業ページはこちら


『朗読とバイオリンのライブセッション』2022年2月

提供:ものがたりグループ☆ポランの会

グラフィックレコーディング(制作:関美穂子)

(画像拡大:JPEG版

鑑賞サポートのきっかけとシネマ・チュプキ・タバタとの出会い

ものがたりグループ☆ポランの会」(以下、ポランの会)は、「生きる」をテーマに宮澤賢治作品のみを上演している劇団だ。代表の彩木香里さんと劇団員の石神哲朗さんが登壇。令和3(2021)年度 第1期「芸術文化による社会支援助成」に採択された「朗読とバイオリンのライブセッション」を中心に、視覚障害や聴覚障害のあるアーティストとの共同制作、字幕映像制作と表現活動について紹介した。

同劇団は2004年に東京で設立し、2016年から宮澤賢治の故郷・岩手県花巻市でも活動している。「宮澤賢治作品を読んでいると、生きるって何だろうということを考えさせられる」と語る彩木さん。「詩作品には賢治自身の葛藤が描かれていますが、今を生きている私達にも共感できることだと思います。また、童話は、子供が楽しく読めるように書かれていますが、大人になって読み返してみると、人間って愚かだなと思うような姿も描かれていることに気づきます」。こうした宮澤作品を通じて「地球上に住んでいる人間がひとりでもふたりでも優しくなれたら、世の中がもっと優しくなるのではないか」と考えて結成されたという。「賢治作品を上演するということが根底にあるので、大きな劇場で派手にやりたいという思いはみんなあまり持っていなくて、ひとりでもふたりでも見てくれる人がいたら伝えたいと思って続けています」

普段ナレーションの仕事をしている彩木さんが鑑賞サポートの面白さを感じ始めたのは、2013年、テレビ番組の音声ガイドの仕事がきっかけだった。すぐに自分の劇団の公演にも音声ガイドを付けたいと思い、JVTA(日本映像翻訳アカデミー)のバリアフリー講座を受講した。2015年、ちょうど劇団の10周年記念公演『銀河鉄道の夜~ヘヴィ・メタルバージョン』(野方区民ホール)が決まっていたため、出演者のうち5人が講座を受講。ちなみにその5人は今も音声ガイドや字幕など、鑑賞サポート関連の仕事をしているそうだ。

「初めての音声ガイド付き公演は手探りでしたが、わからない中でも自分たちでつくっていくことがとても楽しかったです。通常はできあがった芝居に後から音声ガイドを付けていくことが多いのですが、芝居をつくる最初から伝えたいこと、見てもらいたいことを相談しながら音声ガイドをつくっていくことができました」

舞台セットは、舞台の中心にお立ち台のような3メートル四方の台を立て、そこから7本、線路のようなものが放射状に延びていて、その先端にバランスボールを置くという造形だった。俳優がバランスボールに座ることもあり、さらにセットを手で押すと回転する仕組みにもなっていた。「音声ガイドのほか、開演前のガイドツアーと称して、視覚障害者の方に、数名の俳優と一緒にお立ち台に立ったり、バランスボールに座ったり、セットを一緒に回したりしてもらいました。実際に俳優が着る衣装も、素材や形を触ってもらいながら衣装担当が付き添って説明を行いました」

ガイドツアーの様子。『銀河鉄道の夜〜ヘヴィ・メタルバージョン』2015年

提供:ものがたりグループ☆ポランの会

「この公演で合同会社Chupkiの平塚さんに、鑑賞者が音声ガイドを聴くためのFMラジオの機材をお借りして、それ以来のお付き合いになります。しばらく経った2019年、チュプキで何か朗読会をやってみようということになりました」

これからは、映画だけでなく、舞台でも鑑賞サポートが必要になるだろうから、小さな劇団でも自力でできることを試していきたいと考えていた彩木さん。平塚さんにアドバイスをもらいながら、バリアフリー字幕や音声ガイドにチャレンジし、映画『セロ弾きのゴーシュ』の上映会と朗読のコラボレーションをシネマ・チュプキ・タバタで行った。

全盲のバイオリスト、ろう者の俳優との共演

その後すぐに次回公演が決まり、平塚さんから全盲のバイオリニスト、白井崇陽さんを紹介される。「『次はバイオリンとやりたいな』と言ったら、『いる、いる』と紹介してくださったのが、たまたま目が見えない白井さんだったんですね。見えない方と共演するのは初めてでしたので、最初はどうやって稽古していったらいいんだろうと思いましたが、実際にお会いしてみると、音量の調整など機材の操作もされるし、私たちにいろんなことを教えてくださって、意気投合しました」

こうしてポランの会が白井崇陽さんと共演する『朗読とバイオリンのライブセッション』の企画が生まれ、令和3(2021)年度 第1期「芸術文化による社会支援助成」に申請し、採択された。

「申請当初は2021年7月と12月に、宮澤賢治の童話作品と詩作品の朗読とバイオリンのセッションをバリアフリー字幕を付けて上演する計画でした。ところが、新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が発令され、2022年2月と6月に延期することになりました」

延期後の公演計画を練っていたちょうどその頃、彩木さんが音声ガイドを担当した舞台公演に、舞台手話通訳が付いていた。手話表現に惹かれた彩木さんは、また「自分の公演でもやってみたい!」と思い、白井さんと平塚さんに相談。2月の公演は当初の予定通り白井さんと彩木さんの舞台とし、6月の公演はそれに舞台手話通訳を付けることになる。その実現に向けて、舞台手話通訳者の育成や派遣を行うTA-net(特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク)と打合せを進める中で、理事長の廣川麻子さんから、ろう者の俳優と共演した方が面白いのではないかとアドバイスをもらい、ろう者の俳優・河合祐三子さんを紹介されたのだった。そして6月の公演は白井さんと彩木さんに河合さんが加わって、朗読と音楽に手話を合わせた企画として開催することになる。「見えない白井さんと聞こえない河合さんが同じ舞台上で一緒に作品を表現するのに何が必要で、何をすればいいのか、手探りで始まりましたが、三者でディスカッションしながら稽古していきました。稽古の進め方も予算も大きく変える必要が生じましたが、それでもやりたいと思ったのです」

まず2月に開催された『朗読とバイオリンのライブセッション 宮沢賢治の童話と詩~ただ一つの僕を求めて~』は、ポランの会と白井さんのバイオリンとのライブセッション。その月のチュプキの上映映画テーマ「生きていく」の特別企画として同館で開催した。『よだかの星』では白井さんが新たに楽曲を書き下ろし、心象スケッチ『春と修羅』からの4篇の詩作品では、白井さんのオリジナル楽曲を公演のためにアレンジして披露した。

『朗読とバイオリンのライブセッション 宮沢賢治の童話と詩〜ただ一つの僕を求めて〜』2022年2月

提供:ものがたりグループ☆ポランの会

また、視覚障害のある観客がより楽しめるよう衣装や舞台セットの事前解説を行い、幕間にもオープン形式で解説を行った。観客との距離が近く、アットホームな雰囲気。「客席と舞台の間に吊り下げた紗幕に字幕を投影し、客席にいる皆さんに朗読と演奏の様子を見ながら字幕も見ていただけるようにしました。小さな劇場ですが、私たちはチュプキが大好きで、この場所で最大限何ができるかとみんなで考えて。最初の『よだかの星』には通常の字幕を入れ、4篇の詩作品では、石神がアニメーションで字幕を入れてみたいとチャレンジしました。コロナ禍で、感染防止のためビニールカーテンも吊り下げた状態で字幕を投影したため反射があったり、紗幕の中の音が多少聞こえづらかったりもしたのですが、無事に行うことができました」

俳優で映像制作も行う石神哲朗さんが、心象スケッチ『春と修羅』のアニメーション字幕について、記録動画を見ながら「詩集の初版本のレイアウトも参考にしています」と解説。「賢治の心情の起伏を表しているといわれています」と彩木さん。

映像を見ながら語る彩木さんと石神さん

撮影:松本和幸

観客からは「面白い」という意見の一方で、「読みづらくてわかりにくいので、普通の字幕を出してほしい」という意見もあったという。石神さんは「宮澤賢治の言葉は聞いているだけだと、今とは違う言い回しが難しかったりもするので、文字で表現できるところがあれば作品の理解度がもう少し深まるんじゃないかと思っていたんです。この公演では映画館のプロジェクターやスクリーンを活かして文字自体も大きく見せられるのではと考えました。はたして情報保障なのか、ちょっとグレーなところもあると思うんですけれども、『よだかの星』では通常通りの字幕を出し、詩の方では字幕をドラマチックに動かして見せられたらなと。心象スケッチは賢治の気持ちを書いた詩集。文字に心の動きをリンクさせていけば、もっとお客さんに伝えられるんじゃないかなと思いました」

ちなみに最近では、真っ暗な中で音だけが鳴っている状態で聴くことに集中するような、聴覚、音のみで賢治の世界を伝えられる術はないかとも考えている石神さん。彩木さんも「サポートしなければいけないからつくるというのではなく、自分たちが表現してみたいことを形にして、最終的にみんなで楽しんでいけるものができないだろうかと、毎回チャレンジしています」と語った。

心象スケッチ『春と修羅』より、アニメーション字幕

提供:ものがたりグループ☆ポランの会

続く6月公演に向けて「河合さんも加わるのだからもっと広い会場で、もっとたくさんの人に見てもらった方がいいんじゃないか」という意見が多くなってきたが、それでもチュプキでやりたいと言い続けていた彩木さん。ついに開催日時も場所も変更の決心がつかないまま、アーツカウンシル東京の担当者に状況を説明することになった。大きなホールに会場を変更すると予算も大きく変わり、助成決定額では賄いきれなくなる。相談した結果、中途半端に上演するよりも6月の公演は助成申請当初の計画通り彩木さんの朗読と白井さんのバイオリンのセッションに戻し、2月の公演を見られなかった観客にも届けるため、観客人数に制限のない配信に切り換えて、そこから次の公演につながる何かを掴むことにした。

「アーツカウンシル東京の担当者には、大きなホールでの公演に向けて新たに助成申請することをご提案いただいたんですが、もう申請期限も迫っていまして、申請書を書く余裕もなかったんですね。ところが、事業計画の最終的な変更手続きも終わった頃、急遽6月29日にルーテル市ヶ谷が会場として使用できることになり、出演者のモチベーションも高まって、アーツカウンシル東京の助成対象事業とは別事業として『手話と音楽と語りで綾なすライブセッション~わたくしという現象~』を実施することになりました。資金集めはクラウドファンディングに切り替えてみんなで頑張りましたが、目標金額の200万円に遠く及ばず、大きな赤字で終わりました。けれど 、やってよかったと思っています」

『手話と音楽と語りで綾なすライブセッション~わたくしという現象~』2022年6月

撮影:池田新 提供:ものがたりグループ☆ポランの会

「ポランの会は、はじめから社会問題や課題解決に積極的に取り組もうと思って立ち上げた劇団ではないんですけれども、ご縁があって視覚や聴覚に障害があるアーティストと一緒に公演をすることができました。助成申請する際に課題として記載していたことが、必死になって公演を終えてみると、手話パフォーマーと一緒につくる公演や字幕入りの映像制作など、自然にクリアできていたことに驚きました」

ポランの会の目的のひとつは、賢治の故郷、岩手でも公演し、鑑賞サポートを東北地方に広げること。「白井さんと河合さんにも花巻の空気を感じてもらって宮澤賢治を表現してもらいたいなと思い、2022年9月に『手話と音楽と語りで綾なすライブセッション~わたくしという現象~』花巻公演も行いました。東北地方でも音声ガイドなどに興味を持ってくれる人が出てきました」

「劇団員みんなもしんどい時期にたくさんの方に支えていただき、公演を終えて、私たちも生きるエネルギーをたくさんもらって頑張ろうという気持ちにもなりました。やりたいな、楽しいなと思ったことを選んでいった結果、いろいろな人がいろいろな人を紹介してくださって、最初想像していたところとは全然違う方向に進んできました。それでも賢治を表現したいという根本のテーマは変わらず、賢治が伝えたかったことをこの公演を通して自然と感じることができたなと思っています」

なお、聴覚に障害のある人も音楽や音を楽しめるように、ルーテル市ヶ谷公演では「SOUND HUG(サウンドハグ)」というデバイスを採用した。抱きかかえることで音を光や触覚で楽しむことができる球体の音楽装置で、音の高低で色が変わる。

SOUND HUG(サウンドハグ)

機材提供:ピクシーダストテクノロジーズ株式会社

彩木さんは、河合さんとの出会いを振り返って語る。「聞こえない方と接したことがみんなあまりなかったので、最初はどうすればいいのだろうと思っていたんですけれども、一緒に稽古していくと不安はなくなって、これが社会なんだなと感じました。相手のことを考えるし、相手の言っていること、伝えたいことを受け取ろうとする。こうやって直に接することでどんどん変わって優しくなっていったら、世の中全体も変わっていくんじゃないかなと実感しました」

「楽しいからその様子をたくさんの方に伝えたいと思うし、これからも続けていきたいなと思っていますが、大きな問題は予算。毎回話し合いになります。2023年9月の公演『手話と音楽と語りで綾なすライブセッション~すきとおったほんとうのたべもの~』は、申請期間などタイミングもあって他の助成金を申請しましたが、残念ながら採択されませんでした。規模縮小も考えたのですが、思い切ってやってしまおうと決断しました」

2023年9月公演『手話と音楽と語りで綾なすライブセッション~すきとおったほんとうのたべもの~』(ルーテル市ヶ谷)の宣伝映像を上映。これまでシネマ・チュプキ・タバタで上演してきた演目で構成されるが、ホールが大きくなり、手話パフォーマーも増え、衣装もすべて変えてまったく異なる作品となる。視覚障害のある観客に衣装の素材感や形を触ることで感じ取ってもらえるよう、衣装を着せたバービー人形も衣装担当自ら制作したそうだ。

舞台衣装の素材や形を触って感じ取れるようバービー人形でも衣装を制作

提供:ものがたりグループ☆ポランの会

ファシリテーターの小川さんも「いいですね。今日は、頼まれてないけどいいや、やっちゃえみたいな方々がいっぱいご登壇されていますね」と話題に参加した。

小川:彩木さんは、例えばテレビアニメやワイドショーでもナレーションをなさっていた。言葉で届ける、伝えること自体が彩木さんのライフワークに思えるのですが、どうでしょうか?

彩木:そうですね。伝えることをこれからもずっとやっていくと思います。それが音声ガイドとかにもつながっているんですけれども。

小川:石神さんはどんなところに惹かれてポランの会に関わるようになったのですか?

石神:僕が関わるようになったのは、2014年の『銀河鉄道の夜〜ヘヴィ・メタルバージョン〜』からです。当時いた声優養成所で先輩に「ポランの会というところへ手伝いにいってもらえないか」と言われて、気づいたらステージに立っていました。「生きる」というテーマを掲げていて、実は劇団員はみんな暗いんですけど(笑)、なんとか生きてやるぜっていうエネルギーがすごく強い。彩木さんはいろんなことをやりたがる代表で、気がついたら企画を持ってきているので僕たちもやらざるをえない(笑)。僕自身も以前は介護業界にいたり、知的障害のある子供たちと一緒に運動したり、なぜか福祉関係には縁があったのですが、ポランの会と関わっていなければ、音声ガイドやアクセシビリティのことに触れることはなかったかもしれません。彩木さんからくる「生きるエネルギー」にすごいなって思いながら、気づけば10年近く関わっています。

小川:生きる力の源ですね。

一方、「平塚さんから受けている影響もすごくある」という彩木さん。バリアフリーというよりも、表現としてみんなで楽しみながらつくり上げてきた様子が伝わる。波乱万丈のはずが終始和やかな報告だった。

ラウンドテーブル〜多様な観客による鑑賞を通じて作品が豊かに

グラフィックレコーディング(制作:関美穂子)

(画像拡大:JPEG版

続いて登壇者全員揃ってのラウンドテーブルが行われた。

小川:平塚さんの著作『夢のユニバーサルシアター』(読書工房、2019年)で、田中正子さんという視覚障害の当事者の方と対談されていて、平塚さん、こういうことをおっしゃっているんですよね。「音声ガイドをつくる側にはすべてを(視覚障害の)モニターさんに委ねて、モニターさんがこう言ったからこう直さなくてはいけないと考えている方が結構いらっしゃいます。でもそれは、ものづくりを一緒にしていくメンバーとしてはちょっと違うかなと思っているんです」と。

平塚:そうですね。まず音声ガイドをつくるにあたって制作者はとても重要な存在です。監督さんに立ち会っていただける場合は一緒につくるんですけど、監督さんが立ち会えない場合は制作者が作者の意図を汲み取っていかなければならない。そうしてつくった台本に対し、モニターさんには見えない方だからこそ気づくことを出していただくようお願いしています。

小川:芸術作品をどう考えるか。天才的な芸術家がつくったものだから周りが触れちゃいけないという考え方もありますね。作品の意図というのは芸術家にしかわからないから、なるべくそのままの形で伝えなきゃいけないという。つまり、宮澤賢治の作品を、ヘヴィメタルにしてはいけないというか(笑)、いやそういう楽しみ方だってあるじゃないかという意見もありますよね。映画でも監督は何を考えてこのシーンを入れたかなと思いながら、なるべくそのままの形で音声ガイドにしなきゃいけないっていう人もいませんか?

平塚:字幕以上に、音声ガイドには創作性も出てくるので、ずっと前から言われてきたのは著作者人格権に抵触するんじゃないかっていうこと。著作者人格権というのは、まさに自分のつくった作品がその通りちゃんと伝わるのかっていうことなんですけど。一方で、映画は観客に届いてその観客側からまたつくられていくような要素もとても大きくて。山田洋次監督が以前「良い映画は良い観客がつくる」とおっしゃっていたんですね。「監督がつくるんじゃない、映画は観客によってつくられるものなんだ」って。確かに自分たちも『こころの通訳者たち』という映画作品を製作して、観客からまた膨らんでいく作品の可能性や、製作って完成じゃないんだなっていうことはすごく感じるんですよね。映画製作の延長上として、音声ガイドのモニター検討会で監督に立ち会っていただくと、視覚障害のあるモニターからの想定外の鋭い指摘に監督も刺激を受けられることがあります。音声ガイドづくりはクリエイティブな作業で、それが自分の作品の可能性も広げていると考える監督は面白がってくださっていると思います。

小川:想定外の指摘やガイドの表現を良しとしない監督とか配給とかもいたりします?

平塚:時代も変わってきているので、著作者人格権がどうのっていう声は聞かなくなってきていますけど。ただ、日本映画界の巨匠のような方が相当こだわって撮られた山の風景を、字幕で「緑豊かな山」とか一言で表現して納得していただけるのかなとはたまに思います。

小川:彩木さんは、自ら主体的にさまざまな鑑賞サポートや表現を実験する中で、批判を受ける場合もありますか?

彩木:いろんな意見があって当然だと思っているので、「それは違うんじゃない」って言われても、ひとりの意見で変えてしまわなくてもいいと思っています。でも試しながら様子を見ていくことは大事で、より良い方法を探りながら少しずつ形を変えて、鑑賞サポートというだけでなく、自分たちが表現したいと思っていることも合わせて進めていきたいなと思っています。

続いて、客席から集めた質問も紹介した。

小川:彩木さんへの質問です。 「これまで、文脈の異なるコミュニケーションをつくってきた方たちと、どのようなコミュニケーションのルールづくりを行ってきたのでしょうか?」

彩木:ルールとかは全然つくっていなくて。視覚障害や聴覚障害のある方とのコミュニケーションの取り方もあまりよくわからないまま、稽古を進めたわけなのですが、一緒にいる間に、自分はこうしてほしいといった意見をくださるんです。不思議ですが、言葉ではない何かを感じるから。筆談するとか、自分たちでコミュニケーションを取る方法をその場その場で考えていきました。もちろん手話通訳がいないと稽古が進まないこともありましたけれども、一緒にいるうちに自然とルールができていくというか。例えば河合さんや手話通訳の方が手話でお話をされていると、白井さんには何が起こっているかわからないので手首に鈴を付けようということになり、河合さんにも手話通訳の方にも皆さん違う鈴の音を付けていただいた。稽古のたびに新しい発見があって、だんだんコミュニケーションが取れるようになりました。

小川:では平塚さんへの質問です。「音声ガイドの台本をつくる人材の育成について。どんな方が受講されたのですか? 20分から30分ずつ分担して作成したとおっしゃっていましたが、どんなものが最終的にできたのですか?」

平塚:参加者にはいろんな方がいらっしゃいます。一言で言うのは難しいですが、やっぱり映画がお好きな方が多いです。音声ガイドって資格があるわけではないですし、何が正解かというのがまだ曖昧なんですよね。他の場所でも音声ガイドを勉強されていた方ですと、チュプキでつくる音声ガイドと、基本は同じですけれども、何か意識の置きどころが違ったりすることはあるかと。先ほど「長い文章を短くしてほしい」という視覚障害者モニターの指摘を紹介しましたが、3カット分ぐらいをまとめて一文で書くということを良しとして教わっている人もいます。チュプキでは映画のタイム進行と一致させていき、リアルタイムに聞こえる音を視覚障害のある観客が何だろうと思うタイミングで、想像させるヒントみたいなものを与えていくのを良しとしています。映画のリズムじゃなく、その音声ガイドをつくる人自身のリズムでつくってしまいがちなのを、そうじゃないんだと理解してもらうのはけっこう大変ですが、チュプキでは大事にしていることに沿ったものをつくりあげてきました。

小川:テレビドラマで入る副音声とは、考え方が違っているということでしょうか?

平塚:そうですね、おそらく。音声ガイドはつくる人によって個性が出てくるものだと思います。だからこそ、ひとつの作品で複数の音声ガイドが選べるぐらい豊かになったらいいなと思っていて。やっぱり聴く側も好みがあると思うので。淡々と、あまり抑揚とか入ってない音声ガイドを好む人もいるでしょうし。視覚障害者と一言で言っても、先天的な方と中途失明の人ではほしい情報量も違うし、もっと言うと、中途失明でも見えなくなって間もない人と、見えなくなった生活がだいぶこなれてきた人ではほしい情報量が違うんですよね。

小川:確かに、選べるようになるといいですね。音声ガイド制作のスタッフの募集はどのようにされていらっしゃいますか?

平塚:やっぱり基本的なことは学んでいただきたいので、チュプキで開催している音声ガイド講座を受けてくださっている方、あるいは外部で講座を受けて音声ガイドの基礎知識は持っている方に制作は割り振っています。音声ガイドづくりに携わりたい人にメーリングリストに入っていただいていて、「やりたい人〜」という感じで声をかけていた時期もあったんですが、それだと人数も多くなってしまうので。それから音声ガイド制作はあまり「仕事」という認識ではやっていないので、その人がすごく好きな作品を担当してもらうのが一番いいと思っています。作品に愛がなければ、伝わるものも伝わらないと思っていて。だから極力その人が水を得た魚のように取り組める作品で、音声ガイドを書いてもらいたいなと思っています。

小川:職業としてやっていこうっていう方も多分いらっしゃると思いますが、いろんな可能性や考え方があるなかで、平塚さんの進め方の方針がよくわかりました。続けて彩木さんへの質問です。「朗読と音楽における音の起伏や調子の変化は視覚的に示すのか、風や匂いで伝えるのか何か試みはありましたでしょうか。詩をより豊かに受け止める方法で、今考えているアイデアなどはありますか?」

彩木:2023年9月の公演では「サウンドハグ」ではなく、ダンスパフォーマンスで音や音楽を表現してみようと思っています(2023年7月現在)。それから、今回もろう者のアーティストとペアになって、同じ文章を朗読と手話で同時に表現していくということをやります。音の起伏や調子の変化はきっとろう者のアーティストが表情や手話で表現されることになるのではないかと。それを聞こえる出演者もお互い息を合わせて表現していくことにチャレンジしたいなと思っています。

ここで、小川さんから、City Lightsの副代表、美月めぐみさんが2018年に視覚障害者のサポートについて執筆した特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク発行の『観劇サポートブック』(2020年改訂)のテキストが紹介された。サポートに必要なことが視覚障害の当事者の立場から書かれており、ウェブサイトでも読める。

小川:抜粋してご紹介しますね。まず公演情報を得たくても目に入らない。公演情報が出ても公演日ギリギリなので、ガイドヘルパーの手配が間に合わない。電話で予約したいけれどインターネットでしかできない。文字認証パスワードが出た場合には入力できない。ガイドヘルパーの分のチケットも購入しなければならない。会場に着いてからもまず建物を特定し、入り口や受付やトイレを探す、それだけで骨が折れる。いつ休憩に入るかわからない。指定席の番号が確認できない。自由席ではどこが空いているかわからない。鑑賞中も内容の把握が難しいところや状況がわからないときは話に置いていかれる…などなど。これらは視覚障害者を中心とした話ですけれども、鑑賞サポートの中身だけではなくその周辺にもいろいろ課題はあるという提言がされています。この提言についてはどう思われますか?

平塚:かれこれ20年以上活動してきて、普段からこういうサポートがあったらいいな、ないと困るよねと感じてきたことを全部解消した映画館をつくろうという気持ちでやっていますので、チュプキでは全部クリアしていますね。

小川:すごい!

平塚:障害者がいない映画館を目指しているので、障害者割引制度がないんです。その代わりガイドヘルパーは無料とし、障害者当事者には鑑賞サポートを付けているので、年齢に応じた料金区分を設定しています。ただ、障害が理由で就労困難を抱えている人、経済的負担が苦しい人を対象とした割引制度はあります。単独でぷらっと映画を見に行きたいなってときにも、ガイドヘルパーを予約してからじゃないと行けないとなると、映画が生活の一部になりにくい。だから障害のある人もひとりで映画を見に来ていただけるように、スタッフが田端駅まで迎えに行くというサポートもしています。電話予約ももちろん可能です。たまに「今月の作品を教えてください、チラシが見えないので」と言われて、作品の情報を30分ぐらいかけてお伝えするときもあります(笑)。

小川:最高ですね。ありがとうございます。

彩木:チュプキさんとお付き合いするようになってから、自分たちの公演でも、全部はできないんですけれども、できる限り鑑賞サポートをやっていくことを目指しています。視覚障害者や聴覚障害者も一緒に楽しめる公演をつくりたいなと思っているので、お客さん自身が手伝ってくださったり、気にかけてくださるような空間づくりが今一番大事かなって思っています。気づかないこともたくさんありますが、1回1回の公演で試しながら。みんなで助け合えるようになるのが一番いいんだろうなって。

平塚:20席の小さな空間だからこそ目が配れるんですね。でも満席の舞台挨拶付き上映とかで目が配れないときには必ずしも施設側がひとりひとりの状況を網羅しなきゃいけないということでもないんだなって最近は思うようになりました。チュプキは常設館ですから、障害者のお客様も頻繁にいらっしゃるし、常連のお客様も慣れてくるんですよね。「もうスタッフがいっぱいいっぱいだな」って感じると、助けてくださるお客様もいらっしゃいます。

どちらの団体も、まず作品を大切に考え、多様な鑑賞者によって作品がより豊かになることを目指している。平塚さんの言葉通り、とにかくやると決めると、自然に誰かが助けてくれるようになり、実現に至っている。そうした動きが生まれるのは、作品自体の力と鑑賞者を信頼しているからではないだろうか。作品の解釈にひとつの正解があるわけではなく、それぞれの鑑賞の中で異なる解釈が生まれ、それらをときにシェアすることで他者への理解につながる。鑑賞や表現をともに行う場では「障害」に対する見え方も変わってくる。鑑賞サポート自体にある創造性と、誰もが参加できる場から生まれてくる新たな発見やクリエイションに今後も注目していきたい。

(取材・執筆 白坂由里)


合同会社Chupki
2001年より視覚障害者の映画鑑賞環境づくりを続けているバリアフリー映画鑑賞推進団体City Lightsが2016年に募金を集めて設立した映画館。視覚障害者のみならず、聴覚障害者、発達障害者、車椅子利用者、小さなお子様連れのお客様など、様々な障害を持つ人が安心して映画を鑑賞できる環境を提供する日本初のユニバーサルシアター。映画の音声ガイドや日本語字幕を制作し、毎日ユニバーサル上映を実施。
https://chupki.jpn.org/

芸術文化による社会支援助成 助成実績

ものがたりグループ☆ポランの会
2004年創立。「生きる」をテーマに宮澤賢治作品のみを上演。 2021年イーハトーブ賞奨励賞受賞。 舞台の音声ガイド制作、鑑賞サポートに携わる。 2020年より字幕映像制作や手話パフォーマーとともに創り上げる公演を行っている。
https://polan1010.com/

芸術文化による社会支援助成 助成実績


芸術文化による社会支援助成
東京都内で活動する団体を対象に、「社会的な環境により芸術の体験や参加の機会を制限されている人が、鑑賞・創作などの芸術体験を行い、創造性を発揮したり、想像力を豊かにすることができる活動」や「自らの問題意識に基づいて社会課題を設定し、さまざまな人や組織と連携・協働を行いながら、課題解決に取り組む芸術活動」を支援するプログラム。平成27(2015)年度に開始し、平成28(2016)年度からは年に2回公募を実施している。これまでに120件余りの事業を支援してきた。「芸術のための芸術」でもなく、また単に「社会の役に立つ芸術」というだけでもなく、これまでにないやり方で社会と創造活動が不可分の状態にあるような新たな芸術のあり方、いわば「第3の芸術」を提起し具体化していく活動を後押ししようとしている。

最近の更新記事

月別アーカイブ

2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012