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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

「芸術文化による社会支援助成」活動報告会

アーツカウンシル東京では、平成27(2015)年度より、さまざまな社会環境にある人がともに参加し、個性を尊重し合いながら創造性を発揮することのできる芸術活動や、芸術文化の特性やアーティストが持つ力を活かして、さまざまな社会課題に取り組む活動を助成するプログラム「芸術文化による社会支援助成」を実施しています。
ここでは、助成対象活動を終了した団体による活動報告会をレポートします。

2022/07/04

第1回「コロナ禍におけるオンラインの活動継続」(中編): 東京ソテリア

2022年2月21日、「芸術文化による社会支援助成」の意義や効果をあらためて検証し、その成果や今後の課題、新たなビジョンなどを共有する場として、第1回となる活動報告会がオンラインで開催されました。第1部では、過去の助成対象団体の中から、コロナ禍においてオンラインで助成対象事業を実施した「特定非営利活動法人みんなのダンスフィールド」と「特定非営利活動法人東京ソテリア」の2団体による活動報告、第2部では視聴者も交えたラウンドテーブルが行われました。本レポート前編では、「特定非営利活動法人みんなのダンスフィールド」が共創の可能性を外の世界に広げていく過程と、その一つであるファシリテーターの育成についての報告を紹介しました。続いて「特定非営利活動法人東京ソテリア」の発表から、精神障害のある人々が俳優として演じる、イタリア・ボローニャにある劇団との演劇活動についてレポートします。

第1回「コロナ禍におけるオンラインの活動継続」(前編):みんなのダンスフィールドはこちら

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『マラー/サド』
提供:Arte e Salute Onlus


特定非営利活動法人東京ソテリア
スピーカー(報告者):塚本さやか、長谷川志帆、松本直之

演劇の日伊共同制作を通じて精神保健を広めたい

特定非営利活動法人東京ソテリアは、主に精神障害のある人々が地域の中で暮らせるよう支援するなど福祉サービスを行う事業所を運営している団体だ。「ソテリア」とはギリシャ語で「回復への贈りもの」という意味だそう。病気や障害をもってあらためて気づく人と社会とのかかわりの意味や、こころと身体のやすらぎの価値という意味がある。

その背景を事務局の塚本さやかさんが説明する。日本は世界で一番、人口当たりの精神科の病床数が多い国だという、ショックを覚えるデータがある。「精神科病院に入院している27万人のうち約7万人はいわゆる〈社会的入院〉、地域での受け入れ先さえあれば退院できる人であり、つまり地域に居場所がなく、戻り先がないから入院している。一方、イタリアでは1978年に精神科病院を撤廃し、地域精神保健サービスをはじめとする地域サービスによって障害のある当事者たちを支えています。そこで、どんなサービスがあったら、日本でも地域の中で障害を持つ人が当たり前に暮らせるだろうと、都市交流事業として、イタリアの事例を学びにリサーチに行きました」。


グラフィックレコーディング(制作:清水淳子)
(画像拡大:JPEG版

その中で出会ったのが演劇集団「アルテ・エ・サルーテ」だ。イタリアのエミリア・ロマーニャ州立地域保健機構ボローニャ精神保健局の患者たちによるプロの劇団である。2018年にこの劇団を日本に招聘し、同劇団の代表作『マルキ・ド・サド演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺』、略して『マラー/サド』を名古屋・浜松・東京で公演し、反響を得た。併せて福島・福井・京都・鹿児島・千葉で講演会も実施している。


『マラー/サド』公演(2018年、東京) 
提供:特定非営利活動法人東京ソテリア

その後、2020年10月、アルテ・エ・サルーテ劇団の舞台に日本の精神障害者や支援者も加わる「日伊精神障害者共同演劇プロジェクト」として再演を企画し、東京公演については平成31(2020)年度第2期の「芸術文化による社会支援助成」に申請し採択される。前年の秋にはオーディションを済ませ、稽古も始めていたが、コロナ禍で公演中止を余儀なくされた。

2019年9月『マラー/サド』2020公演(コロナ禍により公演中止)に向けたオーディション告知動画

そこで代わりに、イタリア文化会館-東京をメイン会場として、大阪・名古屋・浜松・福島・群馬・ボローニャをオンラインで繋ぎ、講演会などを実施するプレ企画に変更。「世界精神保健デーに繋がるCovid-19をめぐるメンタルヘルスと演劇・表現活動-2021年へ向けて-」と題して、コロナ禍の時代に求められる人との繋がり、芸術の力、メンタルヘルスの未来への課題と希望についてトークセッションを行った。

演劇公演は2021年10月に延期することとし、令和2(2020)年度第2期に改めて申請し採択される。しかし依然として続くコロナ禍で演劇公演は断念せざるを得なかった。代わりに、『マラー/サド』の演目自体は変えずに、アルテ・エ・サルーテ劇団と日本の出演者の共同で映像作品に仕上げ、演劇公演を予定していた国内各地で上映会と出演者らによるトークセッションを実施した。「芸術文化による社会支援助成」の対象事業として実施したイタリア文化会館での上映会は、感染防止対策のため客席数は限られたものの、定員以上の来場希望者があり大盛況となった。映像はその後編集し、多言語化してバリアフリー字幕と手話通訳付きで現在「THEATRE for ALL」で配信中。


『マラー/サド』上映会とトークセッション(2021年、イタリア文化会館)
提供:特定非営利活動法人東京ソテリア

『マラー/サド』の原作は、1964年初演のペーター・ヴァイスの戯曲で、1967年にはピーター・ブルック監督が映画化もしている。フランスのシャラントン精神病院に収監されているマルキ・ド・サド侯爵が、患者たちを使い、フランス革命指導者であり、後にシャルロット・コルデーによって浴槽で刺殺されるジャン=ポール・マラーのドラマを描くという劇中劇。この物語を、アルテ・エ・サルーテ劇団の舞台では、実際に精神障害により社会からの疎外を経験した俳優たちが、芸術的な感性と巧みな演技力で、革命や自由を表現しているのだ。

「支援する/される」関係ではなく、同じ俳優仲間として

プロジェクトの事務局を務めながら、演者としても参加した松本直之さんは、コロナ禍での稽古の苦労を語る。「計画しては変更の繰り返しで、オンラインでできることと、対面でやらなければならないことを整理しながら、そのときどきの感染状況を見つつ稽古を進めていきました。意見がぶつかり、くじけそうになったこともありましたが、諦めずに対話を続けて、日本とイタリアの仲間とのつながりが深まった」と振り返る。演劇活動を通じて、「支援者」と「患者(利用者)」という立場ではなく、対等に同じ舞台に立つ人、同じ稽古を受ける人、同じ俳優仲間としてつながることができた。

松本さんは続ける。「舞台には檻があり、舞台上と客席のどちらが檻の中なのか、外なのか、わからなくなるんです。舞台上では誰もが演じる人で、感情を抑圧せずに表現できるという自由さがある。その舞台から客席を見ると、観客のほうが檻の中なんじゃないかとも思えてきます。この作品は、〈自由〉をとても大切にしているので、行動や表現が規制されてしまうコロナ禍で演じることの意味や希望がありました」。


『マラー/サド』公演のアフタートークの様子(2018年、東京会場) 
提供:特定非営利活動法人東京ソテリア

塚本さんは精神保健福祉の課題に向き合うにあたって、「芸術活動を介して市民に精神保健に触れ合っていただいたほうが、より自然につながりが広がる実感がある」と語る。多くのボランティア、特に学生の参加は嬉しかった。同じく事務局の長谷川志帆さんも「福祉の従事者と舞台芸術の従事者とのコラボレーションの中で、言語の違いや視点の違いをお互いに学んでいけたと思います。加えて、地域ごとのチームができ上がったので、東京中心になりすぎず、各地域に主導権が渡ってそれぞれが発展していきました」。医療や福祉方面だけでなく、芸術方面からも注目を集めている。「国内にも障害を持つ方による演劇集団が幾つかある中で、今後は、このプロジェクトでしかできないものは何かということも考えていきたい」と抱負を語った。


グラフィックレコーディング(制作:清水淳子)
(画像拡大:JPEG版

報告終了後、視聴者から「演劇を介してどんな変化があったか」と言う質問が寄せられた。それに対し、松本さんは「演劇仲間として支え合えるような関係性ができた」と答えた。加えて「この活動は、リハビリテーションを目的として行っているものではなく、俳優になることや良い作品を創ることを目的として行っている。その過程の中で、これまで抑え込んできた/押さえ込まれてきた感情を舞台上で自由に表現することができる経験をした」と続けた。


上映会の映像にあわせ出演者が舞台上で歌唱を行う様子(2021年、イタリア文化会館)
提供:特定非営利活動法人東京ソテリア

長谷川さんは「自分の人生と違う生き方を、演劇を通して生きるので、少し楽になったり、あるいは自分自身のこれまでを振り返ることになって、すごく苦しくなったり、障害がある、なしにかかわらず、演じるということや、役割とか、性別とか、それとまた別の生き方を知れることは有意義だなと思います」と答えた。また、塚本さんにとっては、支援者が変わっていく姿が印象的だったという。

準備過程で離脱してしまった方が多くいたのが課題だという反省もあったが、耳を傾けていたファシリテーターの小川智紀さんは、「芸術による回復」を再確認したとコメントした。今後も東京ソテリアは精神科病院の長期入院者を地域社会に戻していくアプローチを続けながら、演劇の表現活動を通じた次の展開を探っていくとのこと。イタリアから来日したアルテ・エ・サルーテ劇団と日本人参加者が共演しての『マラー/サド』が実現する日を待ち望みたい。

(取材・執筆 白坂由里)


特定非営利活動法人東京ソテリア
2009年設立。精神障害があっても地域の中で暮らせる社会を目指し、障害者総合支援法に基づく障害福祉サービス事業等を行う。グループホーム、地域活動支援センター、就労継続支援A型事業所、ホームヘルプステーションなどを運営。同時に、精神障害についての普及啓発事業にも力を入れ、講演活動などを精力的に行う。日伊共同就労支援プロジェクトなどの各種事業をイタリアのエミリア・ロマーニャ州立地域保健連合機構ボローニャ精神保健-依存症局と協働し、活動している。
https://soteria.jp/


グラフィックレコーディング(制作:清水淳子)
(画像拡大:PNG版

芸術文化による社会支援助成 助成実績

  • 平成31(2019)年度第2期「アルテ・エ・サルーテ「マラー/サド」~日伊精神障害者共同演劇プロジェクト~」
  • 令和2(2020)年度第2期「アルテ・エ・サルーテ「マラー/サド」~日伊精神障害者共同演劇プロジェクト~」

芸術文化による社会支援助成
東京都内で活動する団体を対象に、「社会的な環境により芸術の体験や参加の機会を制限されている人が、鑑賞・創作などの芸術体験を行い、創造性を発揮し、想像力を豊かにすることができる活動」や「自らの問題意識に基づいて社会課題を設定し、さまざまな人や組織と連携・協働を行いながら、長期的視点を持ち、課題解決に取り組む芸術活動」を支援するプログラム。
平成27(2015)年度に開始し、平成28(2016)年度からは年に2回公募を実施。これまでに100件余りの事業を支援してきた。「芸術のための芸術」でもなく、また単に「社会の役に立つ芸術」というだけでもなく、これまでにないやり方で社会と創造活動が不可分の状態にあるような新たな芸術のあり方、いわば「第3の芸術」を提起し具体化していく活動を後押ししようとしている。

第1回「コロナ禍におけるオンラインの活動継続」(後編) :ラウンドテーブルに続く

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