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コラム & インタビュー

アーツカウンシル東京のカウンシルボード委員や有識者などによる様々な切り口から芸術文化について考察したコラムや、インタビューを紹介します。

「with コロナ」の時代における芸術文化と表現

新型コロナウイルス感染症の流行は、芸術文化の現場に大きな危機、変化をもたらしています。
本シリーズでは、各分野で活動されている方や識者に、現状や課題、今後の可能性などについて、様々な視点から、寄稿いただきます。

2020/10/23

コロナ禍の映画産業

東京フィルメックス・ディレクター/映画プロデューサー
市山 尚三

~シリーズ「with コロナ」の時代における芸術文化と表現~
新型コロナウイルス感染症の流行は、芸術文化の現場に大きな危機、変化をもたらしています。
本シリーズでは、各分野で活動されている方や識者に、現状や課題、今後の可能性などについて、様々な視点から、寄稿いただきます。


コロナ感染は映画業界にも大きな衝撃を与えた。まず直接被害を被ったのは映画館である。4月16日の全国を対象とした緊急事態宣言を機に全国のほぼ全ての映画館が閉鎖された。スクリーンを観客が見つめるだけの映画館は演劇や音楽コンサートに比べると感染の危険性は少ないはずだが、同じ空間を感染者かもしれない他者と数時間をともにすることのリスクを考えると、この映画館閉鎖という措置はやむを得ないものだったと言える。

その後、映画館が再び営業を始め、最初は50%に制限されていた座席稼働率も今では多くの映画館において100%に戻った。だが、全て元通りに戻ったかというとそういうわけではない。映画興行者の話を聞く限りでは、高年齢層の観客は映画館に戻って来ないという。確かに、若い観客を対象とする日本の娯楽映画の中には大ヒットしている作品もあるが、高年齢層の観客を中心にヒットした作品はない。高年齢層が主なターゲットとなる時代劇の大半は来年に公開が延期されてしまったが、これは今公開することは得策ではないという判断によるものだろう。

更に興行界を苦しめているのは、ハリウッド映画の相次ぐ延期である。アメリカでの感染拡大が止まらないという状況を反映して、今年公開を予定されていた多くのハリウッド大作が来年に延期されてしまった。上述したように日本映画で公開が延期されるものがあるのに加え、ハリウッド大作が延期されてしまうと、映画館としては上映するものがなくなってしまう。ある程度ヒットしている日本映画をできる限り長く上映するぐらいしか対処しようがないのが実情である。

その一方、インターネット動画配信はコロナ感染化で大きく業績を伸ばした。会社や学校がリモート対応となり、自宅にこもった時、気軽にアクセスできるのはインターネット動画配信だ。これは映画製作に関わるひとたちによってはある意味で勇気づけられる状況である。日本ではこれまでビジネスとして活発ではなかったインターネット配信が上向きになると、配信業者は新しいソフトを必要とし、映画製作への出資も積極的に行うようになるだろう。緊急事態宣言直後はほとんどの映画製作が延期になり、多くのフリーランスのスタッフが一時的な苦境を経験したが、現在ではガイドラインに従った感染対策を行ったうえで映画製作は普通に行われるようになった。

ここまでは映画の産業的側面へのコロナの影響だが、映画の芸術的な側面はコロナから何らかの影響を受けるだろうか?緊急事態宣言で全てがストップした頃、映画業界には「これまでと同じような映画は撮れないだろう」という悲観的な見解も多く聞かれた。密にならないようにスタッフの人数を制限することはやむを得ないだろう。だが、例えば、演じている俳優たちにもソーシャル・ディスタンスを常に保ってもらう、となると、映画のスタイルそのものを再考しなければならなくなるだろう。

今この時点で見ることのできる映画は、ほとんどがコロナ以前に撮影されたものである。従って、コロナが映画の芸術的な側面に何か影響を与えたかどうかがはっきりわかるのは今まさに撮られている映画が出来上がってからだ。現時点で敢えて予測するとしたら、「全く影響がないとは言えないが、決定的に何かが変わるわけではない」ということになるだろう。私が何らかの形で製作に関わっている映画で、現在撮影中、あるいは年内に撮影を行うものが数作品あるが、そのいずれの脚本を読んでもコロナによる影響は見てとれない。恐らく、コロナ以前と比べて何かが大きく変わった映画が出来上がることはないだろう。業界のガイドラインに従い、撮影現場には検温、消毒等の感染対策を行うスタッフが常駐し、また多くの現場では撮影前にキャストやスタッフがPCR検査を行ってから撮影に入っている。もちろん、検査が100%正確だという保証はないが、少なくとも演じている俳優たちの不安感はある程度取り除かれるだろう。

ただ、コロナ感染症流行下で撮ることが難しくなったものが一つある。スポーツ観戦、コンサートなど、多くのエキストラを要する場面だ。多くの日本映画のこのようなシーンの撮影はボランティアのエキストラに支えられてきた。だが、現在の状況では一般人のボランティアを撮影現場に集めるべきではなく、実際、業界のガイドラインでは大量のエキストラを使うシーンを避けるように指導している。今年撮影を予定していたとある大型時代劇が来年に延期されたのも仕方のないことであろう。

現在の状況を見る限り、映画界の状況は一時懸念されたほど悪いものではないように思える。映画館や撮影現場で大規模なクラスターが発生したというニュースもいまだ報じられていない。しかし、欧米の状況を見るにつけ、現在の“悪くない”日本の状況は危うい地盤の上で辛うじてバランスを保っているようにしか思えない。少なくとも言えるのは、この状況下でも映画には需要があり、それを作る映画人は確実に存在することである。それを反故にしないように十分な注意を払い続けることが映画界に求められていることであろう。


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