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コラム & インタビュー

アーツカウンシル東京のカウンシルボード委員や有識者などによる様々な切り口から芸術文化について考察したコラムや、インタビューを紹介します。

アーツ・オン・ザ・グローブ:コロナ禍と向き合う芸術文化

本シリーズでは、欧米や近隣諸国において芸術文化がいかに新型コロナウイルスと向き合ってきたのかをお伝えします。

2021/08/02

CASE01
アメリカ:コロナ禍が引き起こした変容、コロナ禍でも進行する変容

NY Art Beat共同設立者
藤高 晃右

シリーズ「アーツ・オン・ザ・グローブ」

本シリーズ「アーツ・オン・ザ・グローブ」では、欧米や近隣諸国において芸術文化がいかに新型コロナウイルスと向き合ってきたのかをお伝えします。日本、そして東京における芸術文化の現状を理解し、新しいアイデアを得るための一助となれば幸いです。

*企画協力・監修に光岡寿郎氏(東京経済大学コミュニケーション学部教授)を迎え、全6回(予定)の連載でお送りいたします。

コロナ禍の訪れと日常

2020年の3月4日、例年とあまり変わらない様子でNY随一のアートフェアであるアーモリーショーのVIPプレビューが開かれた。自分も会場を訪れ、その夜には毎年アーモリーのためにNYにくる友人やNYのアーティスト達と楽しいディナーをともにしていた。当然ディナーでもコロナがどうなるだろうかという話でもちきりで、NY州でもコロナ陽性者が数人出たと報道され始めていたが、まだまだ遠いアジアやヨーロッパの出来事のように感じていたような気がする。それがその後の1週間ほどでNYの状況は一気に悪化、3月15日にはクオモNY州知事が16日からの全ての学校の閉鎖を発表。20日には州全体がほぼ完全なロックダウンに。美術館やギャラリーはおろか、レストランも閉まってしまい、開いているのはエッセンシャルビジネスと規定されたスーパーとテイクアウト用の一部のレストランだけ。あれほど人であふれていたNYの街は一気に人っ子一人いなくなり、スーパーに買い物に行く自分一人だけが住んでいるのではないかという錯覚に陥るほどだった


人気のなくなったミッドタウンの様子
撮影:筆者

3年生の娘が通う地元イーストビレッジの公立小学校は、1週間以上完全に休みになり、その間にiPadやクロームブックなどが市の教育委員会から郵送され、急造ながら3週間目からはオンラインスクールが始まった。ただし英語、算数などの必要最低限のものだけ。特にアートや音楽は学校に専任の先生をおかずに市からアーティストなどが派遣されるプログラムに頼っていたことにより、コロナの影響で完全にそれらの授業がなくなってしまい、1年半後の現在でも戻っていない状況だ。

NYは全米一、全世界でも有数のコロナの震源地になり、連日陽性者数や死者が増加する報道ばかりになっていった。セントラルパークにバラックの病院が建てられ、連邦政府からは医療用軍艦が派遣されても、まだまだ未知のコロナには医療体制が全く追いつかない状況が続いていた。4月前半が大きなピークになり、その後は少しずつ患者数などが減少し、落ち着きをみせるようになった。そのまさにピーク時にアート業界からの迅速な動きとして、「Pictures for Elmhurst」というファンドレイズのためのプロジェクトが立ち上がった。アート業界の若手数名の呼びかけで、100人ほどの写真作家の作品をオープンエディションでオンラインにて$150で販売し、その売上をコロナで一番多く患者数を抱え文字通り戦場のようになっていたクイーンズ区のエルムハースト病院に寄付しようというもの。アートだけでなくファッション業界の写真作家、また大御所のトーマス・デマンドや日本人の川内倫子なども参加し、大きな反響を呼んだ結果、最終的に約1億5千万円程度が寄付された。

再開への歩みを進めるアートシーン

6月に入るとかなり状況は落ち着き、患者数、陽性率やエリアの病院のキャパシティなどいくつかの指標を元にNY州が厳密に定めた基準に基づいて、徐々にエリア毎にロックダウンが解除されていった。7月も終わり頃になって、ギャラリーなども少しずつ再開しはじめたが、新規の展覧会というよりは3月に急に閉めざるを得なかった展覧会の再開であったり、所属作家のグループ展などが大半であった。7月30日には若手ギャラリーが集まるローワーイーストサイド地区で「L.E.S Summer Night」と題して若手小規模ギャラリーが一斉に遅くまでギャラリーを開けることで再開を祝うイベントが開催された。自分も久しぶりに展覧会を実際に見ることができ、まだまだマスク越しのこわごわではあるものの業界の知り合い達と挨拶をかわして喜んだことを記憶している。夏休みの時期に入り、通常であれば海外に行ったり日本に帰ったりするところだが、昨夏はNY市から車で2時間程度のキャッツキルという山の近くの森の中にある家をAirbnbで借りて家族で1週間過ごした。NYの狭いアパートに家族3人で4ヶ月詰め込まれた反動もあって、大きな開放感を楽しむことができた。また、依然としてNY市内の美術館は閉館していたが、郊外は少しずつ再開しており、リチャード・セラ、ルイーズ・ブルジョア、マイケル・ハイザー、ゲルハルト・リヒター、河原温など20世紀後半以降を代表する作家の作品を集めた巨大美術館であるDia Beaconが完全チケット前売り制で再開しており、8月9日にロックダウン後初めて美術館を訪れることができた。


Dia Beaconの展示風景
撮影:筆者

8月後半には、新学期の9月からは条件付きで学校が再開できることが発表され、新小学4年の娘も週の半分はオンライン、残りの半分は学校での対面授業のかたちで新学期を迎えることができた。また、市内の美術館も最大収容人数の25%まで、さらに完全予約制の形で少しずつ開きはじめ、MoMAは8月27日から、メトロポリタン美術館は8月29日からの再開になった。再開当初は約半年美術館に行けなかった反動で、NY中のアートファンが殺到し、なかなかチケットが取れない状況に。特にMoMAはユニクロをスポンサーに迎え、9月末までの約1ヶ月間はチケットを無料にして提供したためチケットを取るのはさらに困難になった。自分もやっと9月27日のチケットが取れ、久しぶりのMoMAを楽しんだ。25%の制限があることもあり、有名作品が並びいつもは混んでいるMoMAやメトロポリタン美術館などをゆったりと開放的な気分で鑑賞できたのはコロナの怪我の功名というべきか。ただ、当初のNY市民の熱狂も一巡すると、まだまだ旅行者が戻らない状況下では、25%の制限にも関わらず週末でも予約が埋まらなくなり、中小は当然、大きな美術館でも長期的な財政の逼迫が叫ばれるような状況を迎えた。ただ、アメリカでも州によっては1年以上美術館が再開できなかったり、各地でコロナの第2、第3波が秋以降続くなか、再閉館に追い込まれるところが多かったが、NYでは制限付きながらも再閉館することなく運営を続けることができた。

2021年に入ると、ワクチンが医療関係者、そして高齢者に行き渡り始め、40代の自分も4月末には2度目の接種を終えることができた。それにつれ陽性率はどんどん下がり、街なかでの制限も緩和され人出が戻り始め、本稿を執筆中の6月末時点では、レストランなど屋内でのマスク着用義務も解除されている。となると残ったのはパフォーミングアーツだが、ブロードウェイ、オペラ、バレエ、コンサートなどはまだ再開されていない。ただ、州や市のサポートもあり、夏の間に、市内のストリートやセントラルパーク、その他の公園で屋外での大小のコンサート、オペラなどが開催される予定になっており、9月からは屋内での通常の公演がスタートできる見込みになっている。


徐々に再開される屋外での公演
撮影:筆者

「現場/現実」への回帰が抱えこむ困難

さてあらためて、コロナ禍のこの1年半を振り返ってみたい。まずはコマーシャルギャラリーでは、当初完全に営業停止になったことで、中小だけでなく、全世界にギャラリーを構える最大手でさえもリストラをせざるを得ない状況に追い込まれた。さらに、メトロピクチャーズやガビン・ブラウンといった老舗の大手ギャラリーが廃業に追い込まれ業界に大きな衝撃を与えた。ただ、背景を見てみるとメトロピクチャーズは創業者二人の高齢化に伴う引退、ガビン・ブラウンはコロナの数年前に場所をハーレムに移して規模拡大をしたことが遠因になっており、コロナだけで急に廃業したというよりは、コロナが追い打ちをかけたような状況だと言える。業界全体としてみると、フィジカルなギャラリーの閉鎖による売上の落ち込みを、足りないながらもオンライン経由で補うかたちになったようだ。アートフェア、オークション、そして個別のギャラリーそれぞれにオンラインシフトがすすみ、当初想定されていた壊滅的な経済的被害という状況は免れたのではないだろうか。

美術館に関していうと、大小問わず多くの館でリストラが行われた。まずは館内の案内員や、セキュリティ、ミュージアムショップ店員といった比較的非正規雇用の多い部門の一時帰休が行われた。そして2020年の秋にコロナ禍が比較的長期に渡りそうだという想定が出始めた際には、特に財政基盤の不安定な美術館で、キュレーターやコンサバターなどの正規雇用部門を含んだ全体でのリストラに踏み込む例が増えた。ただし、このように多くの美術館がリストラを断行したことで、美術館の経営層と雇用者の間の対立が激化し、反対運動やデモが組織され、結果として美術館の職員が労働組合を結成して対抗する例がNYだけでなく全米で加速した。

また、コロナ以前から大きなうねりとしたあったBlack Lives Matterだが、去年5月の警官によるジョージ・フロイド殺害事件をきっかけに、全米で大規模なデモが行われ、NYを含め多くの街で暴動にまで広がった。これは米国社会全体に大きな衝撃を与えたが、美術館やアートギャラリーにも大きな変化を促すきっかけになった。特に、コロナの影響で美術館やギャラリーが閉館していたことにより、多くの職員や従業員にしっかり考える時間があったことも大きかったのだろう。秋以降に再開される際に、展覧会の内容、展覧会の見せ方などに大きな変化が起こった。目に見えて黒人作家をはじめとする人種的マイノリティや、女性作家の展覧会が増え、大きな美術館の常設展でも作品の入れ替えや説明文のアップデートなどが行われた。それらキュレートリアルな変化とほぼ同時並行的にコマーシャルギャラリーやオークションでもこれまでと大きく変わってマイノリティ作家のマーケットが急成長した。また展覧会だけでなく、組織としても、これまで人種差別的な側面があった責任者が退任に追い込まれる例がいくつも報告されただけでなく、多くの美術館で組織の多様性を促進するための部署が新設され、外部から責任者を招く事例が増えた。これまで社会の底流でゆっくりとうごめいていた動きが、コロナ禍での社会変化が間接的な要因となって一気に吹き出したことで、その変化が加速したのではないだろうか。

すでに米国内での人々の移動は始まっており、少しずつ旅行者も戻り始めている。海外からの旅行者はまだまだだが、2022年中には、美術館、ギャラリーともにコロナ前の状況にほぼ戻るのではないかと感じている。それにつれてリストラされた雇用の大半も戻るはずだ。ただし、コロナ禍を通して、社会全体としての貧富の格差はますます拡大してしまった。これは、アート業界でも同様であり、美術館でも館長などトップの給与は継続的に上昇しているのに対し、現場の職員は取り残されている。ギャラリーでも同様だ。この歪みの是正が今後どのようなかたちで起こるのか、もしくは起こらないのかというのは一つの大きな課題だと言える。さらにアート業界でもさまざまな形でデジタルシフトがおこったが、「Zoom疲れ」のようなことも叫ばれており、揺り戻しがあるだろう。個人的にも、やはりアート作品そのものはデジタルではなくフィジカルに鑑賞したいとさらに強く願うようになった。ただ、今後もネット上でのアートに関する情報はさらに豊富になるだろうし、アート作品のトランザクションに長期的に影響を及ぼしそうなNFT といったようなブロックチェーンを使った技術トレンドに大きな注目が集まっている。それらの新しいデジタル環境がフィジカルなアート作品、アート業界にどのような影響を与えていくのか、大きな期待を寄せている。

:NFTとは「Non-Fungible Token(非代替性トークン)」の略で、イラスト、写真や映像などのデジタルファイルデータに、所有証明書のようなメタデータを付与した上で、イーサリアムなどのブロックチェーン上に発行したもの。そのデジタルデータそのもののコピーや改ざんができなくなり、それが唯一無二なユニークなものであることを証明できる。つまり、これまで困難であったデジタル作品を絵画のようなユニークなものとして扱うことを可能にした技術。

【Editorial Viewpoints】

本シリーズでは、私からも海外の事例を日本で活用していくための視点を提供できればと考えている。今回のレポートには二つの論点が存在しているように思われる。
まず、コロナ禍はあくまでも芸術文化領域における苦境を炙り出す触媒だったという点だ。つまり、NYでのギャラリーの廃業、アートシーンでの格差の拡大といった課題は以前から進行しており、この状況に拍車をかけたのがコロナ禍の訪れだった。この間、日本でも「苦境」が叫ばれていたが、それが本当にコロナ禍によるものなのか丁寧に腑分けする必要がある。それは、支援する側も、支援される側も同様だ。
また、とはいえ目前の苦境に取り組むことは必要で、その際に上から下へ、もしくは下から上へというどちらの矢印で向き合うべきかという観点もここには表れている。藤高氏の記述からは、NYでは社会環境の変化を見据えた個々のギャラリストやアーティストが対応する様子が浮かび上がってくる。このようなコロナ禍の対応は、それぞれの地域の(芸術文化領域の)市場規模、文化行政の形態に依存するはずで、今後のレポートも参考に論点として深めていくことになるだろう。(光岡)


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