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コラム & インタビュー

アーツカウンシル東京のカウンシルボード委員や有識者などによる様々な切り口から芸術文化について考察したコラムや、インタビューを紹介します。

アーツ・オン・ザ・グローブ:コロナ禍と向き合う芸術文化

本シリーズでは、欧米や近隣諸国において芸術文化がいかに新型コロナウイルスと向き合ってきたのかをお伝えします。

2021/09/17

CASE03
台湾:コロナ禍のなか、台湾における美術館、博物館の状況

忠泰美術館ディレクター
黃姍姍

シリーズ「アーツ・オン・ザ・グローブ」

本シリーズ「アーツ・オン・ザ・グローブ」では、欧米や近隣諸国において芸術文化がいかに新型コロナウイルスと向き合ってきたのかをお伝えします。日本、そして東京における芸術文化の現状を理解し、新しいアイデアを得るための一助となれば幸いです。

*企画協力・監修に光岡寿郎氏(東京経済大学コミュニケーション学部教授)を迎え、全6回(予定)の連載でお送りいたします。

2020年、世界と正反対の台湾の日常

2019年末、まだ正体の分からないウイルスによる中国武漢での異常な感染状況が発覚した。痛ましい「SARS(重症急性呼吸器症候群)」の経験を持つ台湾政府は、いち早く警戒を強め、その感染症について12月31日に記者会見を行い、同日武漢からの渡航者の検疫を始めた。2020年2月に入ると湖北省、広東省、温州市からの渡航を禁止し、さらに2月11日からは中国全土および香港からの渡航を全面的に禁止した。このように、中国からの渡航を禁止する先手を打ったおかげで、台湾では新型コロナウイルスの状況が比較的コントロールされた。

それでも、3月から台湾国内でも感染者数は増加し、ますます緊張が高まった。特に2020年3月、台北の国家音楽ホールで台湾国家交響楽団と共演したオーストラリア籍の音楽家が、帰国後にコロナへの感染が発覚したことによって、芸術文化業界にもその影響は波及した。共演した楽団の検査はもちろん、一部の図書館や映画館の閉鎖、また多くの音楽、演劇関連の活動が延期やキャンセルとなった。台湾で毎年盛大に開催される国際ブックフェアもまた最終的に中止となった ※1。大学の授業開始日も2週間ほど延期となった。台湾国内ではこのように、2020年3月から5月にかけて一時的に、社会全体に緊張感、危機感が高まった。しかし、その後の政府の着実なコロナ政策によって6月に入ると感染者数は減少し、コロナ禍の影響は比較的落ち着いた。一方では、海外での感染の拡大はますます厳しくなっていった。

※1:中止となった2020年の国際ブックフェア

筆者が勤める「忠泰美術館(台北)」も、当時準備中の国際展に大きく影響が生じ、2020年5月開幕の予定は2ヶ月の延期を余儀なくされ、ようやく7月上旬になって感染防止対策を取りながら、展覧会の開幕を無事に迎えることとなった。当時の館内での対策とは、招待者数の削減、マスク着用と消毒の必須化、入場時の検温、館内飲食の禁止など、その全てを用意したうえでの開幕式だった。


入館時の予防対策
写真提供:忠泰美術館

2020年下半期に入ると、世界の状況とはまったく正反対のように、台湾国内では徐々に「日常」生活を取り戻した。2020年10月以後にはコロナ禍と思えないほど、日常的な食事会やパーティが行われ、展覧会の開幕に伴う宴会、大規模な集会活動なども全国のあちこちで回復した。例えば、海外のギャラリーはほとんど参加できなかったが、台北国際アートフェアも例年通り10月に開催された。国際規模のコロナ禍の厳しい状況のなかで、台湾の「日常」は「異常」なほどに思える。

2021年再度の危機がもたらす変化

まるで世界とは並行世界のように、台湾での日常はいつまでも続くように皆が錯覚していた。2021年に入ると、国内の感染者数がほとんどゼロの日々が続いたことから、コロナに対する緊張感はほぼ無くなり、大規模な宗教的な集会の再開や、母の日に家族で食事をするため全国規模で長距離移動が発生し、それに伴う人々の接触の増加から、5月中旬には再びコロナ感染の爆発が止められない状況に陥った。後に分かったことだが、政府の水際対策と航空業界の規制緩和により、海外からの感染が持ち込まれたことが今回の感染拡大の始まりだった。

芸術文化業界においては、2021年のコロナの影響は昨年度よりずっと深刻だ。5月中旬に急遽警戒レベル第3級に入り、観光業、飲食業やサービス業を中心に社会全体に大きな衝撃が走った。芸術文化業界においても、美術館、博物館、ギャラリーが突如一時的閉館に追い込まれた。最初は、すぐに昨年のように回復するだろうと皆軽く考えていたが、結局、毎日400~500人を超える感染者数となり、重症者や死者数も一気に増加、警戒レベル第3級は2ヶ月も継続した。国際色が強い「台北当代(TAIPEI DANGDAI)」 ※2 もやむを得ず3回の会期変更の果てに2021年は中止され、翌2022年5月に開催することを発表した。多くの大型音楽会や演劇といったパフォーマンスイベントも同様に中止となった。今年のコロナ禍の深刻さと長引く状況は、昨年からすでに生計に影響を受けていた業界にとっては、更なる打撃だと言えよう。とくに、いわゆる自営業のアーティスト、現場の仕事に強く依存するパフォーマンス業界の関係者、技術者、そして現場スタッフのように、普段は派遣と時給に頼る人々には、大きく影響することになった。このような苦境を迎えて、台湾では大きく以下の3つの動きがあったことに言及しておきたい。

※2:2019年、2020年と1月に盛大に開催された国際的なアートフェア


閉館中の展示会場
写真提供:忠泰美術館

(1) 芸術文化領域を対象とした支援制度や労働環境の整備

台湾政府は2020年2月にコロナ対策とその後の景気対策などを盛り込んだ特別条例「厳重特殊伝染性肺炎防治及紓困振興特別条例」を成立させ、仕事を休まざる得なくなった人たちに対する特別手当「防疫補償金」を支給した。社会全体に関しては、景気振興として飲食店、小売業者、商業区域、ナイトマーケット(夜市)、伝統市場などで使えるクーポン券の発行が挙げられる。芸術文化の領域においても、文化部(文化省)は文化施設での消費や入場券購入に使えるクーポン券「芸FUN券」の発行を実施した ※3。2021年に訪れた再度のコロナ禍に対しても、政府は再び助成金や補助金などの申請を受けつけている。

※3:文化・芸術領域の支援策として発行された「芸FUN券」。

上述のような一時的な金銭的支援制度の背後では、2年に渡って続くコロナ禍により、多くのアーティストや演劇関係の自営業者の労働条件や保険問題といった、より根本的な生活基盤の問題が浮き彫りとなった。芸術関係の労働組合の長年の働きかけと今回のコロナ禍が相まって、漸く19年越しに政策の修正が促されることとなった。2021年4月30日、台湾政府立法院において「文化藝術獎助及促進條例」修正案が通過した。その中で「政府は条例や予算などのシステムを通して、一定の生活基準未満の芸術文化関係労働者に対して、社会保険への参加を補助、補佐しなければならない」と明言され、芸術文化関係労働者の社会保険や労働条件、職業災害緊急手当、労働環境の整備、著作権保護侵害対策などに関する規制が追加された ※4。これは、19年ぶりの大規模な法律の修正であり、コロナ禍がなければ、以前と変わらなかった可能性が高い。

※4:立法院を通過した「文化藝術獎助及促進條例」修正案

(2) 美術館における新しい現場の模索―バーチャルとリアルの間

2020年から欧米の美術館、博物館業界では頻繁に見られた大規模なリストラに対して、台湾の多くの文化施設は公立であるため(特に美術館、博物館は9割が公立)、短期間での大規模の人員削減は比較的少なかったと思われる。むしろ、労働環境が比較的に安定した美術館、博物館にとって、今後美術館、博物館がいかに将来の経営と向き合うのかが主な課題である。観客不在の展覧会は成立するのか、閉館期間にどのようにソーシャルメディアを通して文化やアートを発信するのか。特に2021年には、多くの人が生と死に直面する環境において、アートは一体いかなる役割を果たせるのか等、様々な根本的な議論が俎上にあげられた。
IT産業はもともと台湾経済の大きな柱と位置付けられている。台湾政府のコロナ対策も大きくテクノロジーの専門家に頼っており、日本でもよく話題となるIT大臣のオードリー・タンはその代表だ。しかし、今後芸術文化業界では、テクノロジーの技術的な利用だけではなく、「内容(コンテンツ)」の発想とその発想に基づいた制作の過程への援用も検討することで、いかに両者を同時に強化し、美術館、博物館の現場から発信できるかは、今回のコロナ禍を機に改めて突き付けられた課題である。


忠泰美術館ネット上の3D展示会場

現場レベルで見ると、アーティストトークやシンポジウムのオンラインへの移行、Podcast、3Dの展示、映像の導入、さらには館長やキュレーター自身によるライブ配信など様々な試みが多くの美術館で行われた。アートと接触するチャンスが増えたり容易になったりするが、このようなスクリーンを通したインターネット上の経験は果たして美術館での実体験を代替できるのだろうか。筆者はそれは簡単に置き換えられるものではないと考えている。だが、バーチャルとリアルの間、アートに接する媒体と環境はコロナによって大きく変化した。美術館の現場も、観客の受容の仕方もこれから転換期を迎えると思う。

(3) 公立私立の枠を越えた美術館、博物館ネットワークの強化

現場での模索は、前述した「オンライン/オフライン」の並行以外にも、スタッフと観客の安全確保の環境整備も非常に重要である。2ヶ月の閉館を経てようやく7月に入ると、美術館の再開に向けた様々な対策や準備のため、初めて公私の枠を越えた専門領域ネットワークの強化、意見交換のオンライン会議が行われた。この会議には、国立博物館の館長、地方の美術館の館長、筆者のような民間企業美術館のディレクター、専門家が集い、それぞれの経験を交換し、適切な意見交流を促す貴重なプラットフォームとなった。もちろんコロナ以前にもすでに個々のテーマについては様々なフォーラムや研究会を通じた業界のつながりや交流は存在したが、切実な館内外の運営、安全性、そして緊急事態への対応などに関して、今回のように世代や形式を越えて迅速に開催された全国的会議は、コロナ禍がなければ生まれなかっただろう。

コロナ禍がもたらす変化と不変

7月9日、まだ警戒レベル第3級が継続し、ほとんどの美術館が閉館しているなか、人気のマスメディアで「美術館へ行きたい」という特集が組まれた。忠泰美術館はその中で唯一の民間美術館の事例として取り上げられた ※5。その特集を通じて、美術館はコロナ禍で一時閉館したが実は着々と進化していること、また一方で社会はいかに文化、芸術的なコンテンツを求めているのかが分かった。幸い7月15日以後、各美術館は再び観客を迎え、少しずつ本来の機能を取り戻しはじめた。しかし、美術館は本来の日常に完全には戻れない。安全確保のための手続きや、事前予約制の入場、接触を避けた展示方法などは、もともと人々のコミュニケーションと触れ合いを重んじる美術館のあり方とは、相反するのである。だが、コロナ禍はまだ進行中で、結論をつけるのはまだ早い。コロナ禍によって変わるもの、そして変わらないもの、それを引き続き慎重に見極め、考えていきたい。

※5:メディアに取り上げられた忠泰美術館『500輯』 「好想去美術館」特集


忠泰美術館外觀(攝影:陳又維)
©忠泰美術館


【Editorial Viewpoints】

今回の台湾の事例からは2つの論点が引き出せるだろう。まず、芸術文化を支える制度のあり方だ。台湾の美術館の大半は公的な施設のため、各館のスタッフの雇用は比較的安定しており、CASE01で紹介された民営の文化施設が中心となるアメリカの状況とは好対照を成す。加えて、台湾で文化行政を担う機関は文化「部」であり、日本では「省」にあたることに目を向けても良い。今回のようなきわめて特殊な環境下に、日本では「人材、予算、権限」が限定された文化庁という外局が対応に当たることの是非は、今後議論が必要だと思う。
2点目に、こちらもCASE01と関わるが、コロナ禍が触媒となってネットワーク化が進む台湾の美術館、博物館の今後のありようについても関心を持った。日本でも類似の組織として、全国美術館会議や美術館連絡協議会が存在するが、では実際コロナ禍においていかなる役割を果たしてきたのかという点もまた検証を始めても良い時期に差しかかっている。(光岡)


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